I 学問の三分類


 一口に「学問」といっても、そこには様々な領域が渾然と含まれているが、大きく学問を分類するとすれば、何と言っても「万学の祖」といわれるアリストテレスの分類であろう。アリストテレスによると、学問は「理論(テオリア)」・「実践(プラクシス)」・「制作(ポイエーシス)」に三分される。現代的な言葉に対応させるとすると、「理論」とは科学的な学問、「実践」とは有用性(役に立つこと)を主眼においた学問、「制作」とは価値(美しいもの、興味深いもの、感動的なもの、等)を創出することを目指す学問、ということになる。

(1)「理論」の学問とは、物理学・化学・生物学などの自然科学や数学などがその典型として挙げられるが、応用生物学としての医学・農学や、経済学など社会科学といわれる学問もこれを標榜している。近代においては、「理論」といわれる学問傾向の範囲の伸張は著しい。

「理論」としての学問は、思考によって何をどのようにして明らかにするかを問うものであり、論文を書くときには「どこまでが今まで判っていて、どこからが新しい知見なのか」を明確に示すことから始めるのが一般的である。学問によって導き出された果実が有用であるかどうかは「理論」の重要な要素ではないが、「理論」が「実践」と関わっているときには、事実上、「実践」のための「理論」としてその意義が問われる。

(2)「実践」としての学問は役に立つことを目指すが、この場合何にとって役立つかという参照点が必要となることは明らかである。「人にとって」であれば倫理学、「社会にとって」であれば政治学(場合によっては政治哲学)、「家計(1)にとって」であれば(かつての)経済学、「国家にとって」であれば土木工学(シヴィル・エンジニアリング)、かつての軍事学などがその良い例となる。

実践の論文の書き方は、解決を必要とする課題をまず規定し、用いることのできる方法の有用性・有効性を論じ、結果を確認する、という順序で行われる。目的〜方法〜結果の連関は、ふつう理論によって仲立ちされるから、実践の学問は多くは理論の要素を含む。また有用性の「用」は、さまざまな人間的価値(2)のあり方に関わるから、制作の学問にも関連している。建築学や都市工学はその好例といえよう。

一般に現代社会は多くの実践学を生み出した。臨床医学、看護学、福祉介護の諸理論、そして経済学もまた実践の学に入れられるだろう。また社会科学の中でも「法解釈学」は法の合目的性、法的安定性を目指した実践学の面が濃厚である。

(3)最後の「制作」の学問(制作学)は、文学、音楽、芸術の諸学問である。「ポエム」からも判るように、プラトン、アリストテレスにおいては「詩学」で代表される学問である。ただし、「制作(ポイエーシス)」にはテクネー(技術)が本来的な関わりを有するから、ギリシャ以来の原義とはやや異なり、現代的意味における制作学には「工学」の考え方なども含まれよう(3)。フィールド・サイエンスは発見された所見に発見者の価値が組み込まれるという点で、実践学よりも制作学しての性質を帯びている。もちろん、フィールド・サイエンス以外でも、近年においては一般に実践学と制作学は融含してきているというのが現状である。

制作学の諸学について論文の書き方を述べる事は難しい。審美性を兼ね備え、それにより人の価値観に訴え感動を引き起こすような論文は、形式によってというよりはその文章によって生み出されるものである。


(1) 「オイコス」「オイコノミクス」の原義である。

(2) 現代のタームでは「効用」

(3) ギリシャ哲学においても結果的にはこのように意識されてはいたが、本来的な意味ではない。