ジョン・スチュアート・ミル『自由論』

自由は個人と同じ数の改善の中心を与えてくれる.

習慣の専制を許したことが中国社会の停滞の原因.

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 第3章概説へ


 習慣の専制は、いたるところで人間の進歩をたえず妨害するものとなっており、習慣的なものより何かすぐれたものをめざそうとする性向にたえず敵対している。この性向は、個々の場合に応じて、自由の精神とか、進歩ないし改善の精神と呼ばれている。改善の精神は、かならずしも自由の精神と同一ではない。なぜならそれは、気のすすまぬ人々に改善を強いることを目的とすることもあるからだ。そこで、自由の精神は、そのような試みに抵抗するかぎりにおいて、改善に反対する人々と局部的に、また一時的に同盟する場合がありうる。しかし、改善を生む唯一の確実で永続的な源泉は、自由である。 なぜなら、自由があれば、そこには、個人の数と同じだけの、改善の独立した中心となりうるものがあるからである。

 しかしながら、進歩的原理は、自由への愛、あるいは改善への愛のいずれの形をとるにもせよ、習慣の支配に敵対し、少なくともそのくびきからの解放を含むものである。そして、この両者の争いが、人類の歴史のおもな関心の的(まと)となっている。世界の大都分は、正確にいうならば、歴史をもっていない。習慣による専制的な支配が完璧(かんぺき)だからである。 これが東洋全体の状態である。 そこには、習慣が、すべての事がらにおける究極的なよりどころとして存在している。 公正や正義は、習慣への一致を意味する。 習慣の主張には、権力に酔った暴君ででもないかぎり、だれも反抗しようなどと思わない。そしてその結果は、われわれの見るとおりである。それらの国民も、かつては独創性をもっていたにちがいない。彼らもはじめから、人口が多く、学問がさかえ、多くの生活技術に精通していたところに生まれたのではたい。彼らはこれらすべてをみずからの手でつくりあげたのであって、その当時は、世界で最大最強の国民だった。彼らの現状はどうであろうか。彼ら(東洋人)の祖先が壮麗な宮殿や豪華な寺院をもっていたときに、祖先はまだ森林を流浪していたのであったが、習慣が、自由や進歩と相並んでしか支配しなかったような他の種族の従属者や隷従者となっているのである。

 ある国民は、ある一定の期間中進歩するが、そののち、進歩がとまってしまうように思われる。いつ進歩がとまるのであろうか。その国民が個性をもたなくたるときである。もし万一、同じような変化がヨーロッパの諸国民を襲うとしても、それはまったく同じ形においてではないだろう。これらヨーロッパの諸国民がおびやかされている習慣の専制は、まったく不動不変のものではない。それは、特異性は排斥するが、すべてが同時に変化するかぎり、変化を排除しはしない。われわれは、われわれの祖先の固定した服装をすててきた。もちろん今日でも、すベての人は他の人々と同じように装わなければならないが、流行は年に一、二度は変わるであろう。こうしてわれわれは、変化があれば、それは変化のための変化であって、それが美や便利についてのいかなる考えから生じたものともならないように配慮する。なぜなら、美や便利についての同一の考えが、同一の瞬間に全世界の人々に思い浮かぶことはないだろうし、また他の瞬間に、全世界の人々によって同時にすてられることもないだろうからである。

 しかしわれわれは、変化的であると同時に進歩的である。われわれは、機械的なものごとにおいてたえず新しい発明をし、そしてそれを保持するが、それらもまた、やがて、よりよいものによってとってかわられてゆく。われわれは、政治や教育の改善、さらに道徳の改善にさえ熱心である。もっとも、この最後の道徳の場合、われわれの考える改善は、主として、他人にわれわれ自身と同じように善良であれと説得あるいは強制することにあるのだが。われわれが反対するのは、進歩に対してではない。それどころか、われわれは、われわれこそがこれまででいちばん進歩的な国民だ、とうぬぼれている。われわれが戦いを挑(いど)むのは、個性に対してである。われわれは、もしわれわれ自身をみな一様にすることができたとすれば、奇蹟をなしとげたのだと考えるにちがいない。その際、われわれは次のことを忘れているのである。すなわち、一般に、ある一人の人間が別の一人に似ていないということこそが、その両者のどちらにも、彼自身の型の不完全さや相手方の優越性に対して、あるいは、両者の長所を結合させることにより、そのいずれよりもすぐれたものを生みだす可能に対して、注意を向けさせる第一のものなのだ、ということを。

 われわれは、中国に一つの警告的事例をみる。それは、次のような、まれにみる幸運のおかげで、豊かな才能と、いくつかの点では知恵さえ富む国民である。この国民は、もっと進歩したヨーロッパ人でさえ、ある限定下では賢者や哲学者の名を献ぜざるをえないような人々によって、ある程度つくられた、一連の非常にすぐれた習慣を初期の時代に恵まれていたのである。また、彼ら中国人は、その所有する最善の知恵を、社会のあらゆる人人の心に可能なかぎり印象づけ、その知恵のもっとも多くを自分のものとした人々に、名誉と権勢の地位につくことを保証するという、制度の優秀さという点でも注目に値する。

 たしかに、このことを成就した国民は、人類の進歩の秘密を発見したのであり、したがって、たえず世界の動きの先頭の位置を保持しえたはずの人々であった。だが事実は、その反対に、彼らは停滞してしまった−幾千年ものあいだ停滞を続けているのである。もし、彼らがさらに改善されることがあるとすれば、それは外国人たちによってなされるにちがいない。彼らは、イギリスの博愛主義者たちがあれほど熱心に奮闘していることに−すなわち国民をすべて一様にし、すべての人が自己の思想と行動を同一の格言や規則によって支配するようにすることに、あらゆる希望をうわまわる成功をおさめたのである。そして、その結果は今述べたとおりである。

 世論という現代の統治制度は、中国の教育および政治制度が組織的な形態でしていることを、非組織的な形態で行なっているものにほかならない。したがって、個性がこのくびきに対抗して、自己を主張することに成功できなければ、ヨーロッパは、その高貴な祖先とその自認しているキリスト教とにもかかわらず、第二の中国への方向をたどるであろう。(後略)

・下線引用者