福沢諭吉『文明論之概略』

明治人による統計の定義

第4章他の話題


故に天下の形勢は一事一物に就いて憶断す可きものに非ず。必ずしも察し、此と彼とを比較するに非ざれば真の情実を明にするに足らず。斯の如く広く実際に就いて詮索するの法を、西洋の語にて『スタチスチク』と名く。此法は人間の事業を察して其利害得失を明にするため欠く可らざるものにて、近来西洋の学者は専ら此法を用ひて事物の探索に所得多しと云ふ。凡そ土地人民の多少、物価賃銭の高低、婚する者、生きるゝ者、病にかかる者、死する者等、一々其数を記して表を作り、此彼相比較するときは、世間の事情、これを探るに由なきものも、一目して瞭然たることあり。譬へば英国にて毎年婚姻する者の数は穀物の価に従ひ、穀物の価貴ければ婚姻少なく、其価下落すれば婚姻多く、曾て其割合を誤ることなしと云へり。日本には未だ『スタチスチク』の表を作る者あらざれば之を知る可らずと雖ども、婚姻の数は必ず米麦の価に従ふことなる可し。」(第二巻)

明治以前に我が国には「統計」ということばがなかったことがこれでわかる。実際、福沢は統計ということばさえ使用していないで、「この法」といっている。考え方がめずらしかったからであろう。