戦争・平和研究のためのデータ・ベース

戦争と平和の問題を科学的、実証的に


 戦争がなぜ起こるのか、という問題を解明することは、国際政治学の中心課題の一つである。科学的手法でそれを行い、戦争研究における体系だった知識の蓄積を可能にするためには、データが必要である。

 Correlates of War (COW、「戦争研究データセット」) プロジェクトは、このような趣旨で 1963 年にミシガン大学のデビッド・シンガーを中心として始められた。構築された 12 のデータセットは膨大な量である。 データ収集作業や出来上がったデータセットの維持はもちろんシンガー 1 人の手におえるものではない。多くの院生やポストドクの研究者、ミシガン大学以外の研究者の協力なくして達成できるプロジェクトではなかった。また、協力者のメルビン・スモールは歴史学者である。このことは、科学的な戦争研究が実は歴史的事実の理解を前提とし、その取捨選択に立脚していることを示している。

 シンガーの引退が懸念される 1990 年代になると、COW プロジェクトをどのように引き継いで発展させていくかが大きな検討課題となった。プロジェクトはミシガン大学からペンシルバニア州立大学へと移され、スチュアート・ブレマーが中心となって COW2 プロジェクトが発足し、各種データのアップデートが行われてきた。2002 年 10 月 15 日にブレマーが死去すると、プロジェクトはスッコット・ベネットとグレン・パーマーに引き継がれ今日に至っている。

 COW2 では、二国間貿易に関するデータセットが加わった。これは、国家間の経済相互依存関係の増大と軍事的紛争の可能性との関係についての近年の論争の中から生み出されたものといってよい。こうして、COW2 ではデータセットがカバーする年代が広げられるだけでなく、新たなデータセットの追加や、データセットの大幅な見直しと修正が行われているのである。

 科学的な戦争研究のためのデータセットが作られていくに従って、さまざまな研究が蓄積され、論争も活発となり、その先に、あらたな問題を解くために必要なデータセットが作られていくという、きわめてよい循環が生み出された。ただし、国家間の紛争の分析で欠かせない国内政治体制という変数は COW には含まれなかった。それに関しては別のプロジェクトによって収集されたデータを参照する必要がある。テッド・ガー(メリーランド大学)を中心とする Polity というデータセットはその代表であるが、COW が先鞭をつけた国際政治学の計量分析の流れは、様々なデータ収集の試みとなってあらわれ、その実用化が進んでいる。COW2 のウエブサイトのリンク集を見ると、いかに多くの研究者の努力が、貴重なデータセットとなって実を結び、我々にもアクセス可能な形で公開されているかがわかる。たとえば、BCOW (Behavioral Correlates of War) は、ラッセル・レングによる 1816 年から 1975 年までの国家間の危機に関するデータセットであり、ICOW (The Issue Correlates of War) project は、フロリダ州立大学のポール・ヘンゼルとサラ・ミッチェルが中心となって構築した国際政治の争点に関する体系的データセットである。さらに危機に関する ICB (International Crisis Behavior) データセットも COW プロジェクトから派生した非常に有名なものである。関連プロジェクトとしてあげられている EUGene (Expected Utility Generation and Data Analysis Software) は、戦争に関する期待効用理論が必要とするデータを作成し、さらにはデータを管理するためのツールを提供するプロジェクトである。

 この qmss データバンクでは、膨大な量の COW データセットの中から一部をとりだして、自分で分析してみるための練習問題を数多く提供する。実際に自分でデータを扱う経験をすることで、国際政治を見る眼が今までとは全く違ったものになるはずである。

 最後にエピソードをひとつ。2, 3 年前のアメリカ政治学会で、シンガーを囲むラウンドテーブルがあり、シンガーから影響を受けた多くの研究者が集まっていた。ブルース・ブエノ・デ・メスキータがシンガーに敬意を払いつつ、「自分はよくシンガーに対して理論が欠如していると批判したものだった」という思い出を語った。こうした批判は根強くみられるが、シンガーはそのたびにデータを集めて計量分析(実証研究)をすることの重要性を説いてきた。データに基づいた実証研究がなければ理論もありえないというのがシンガーの主張であり、この日のブエノ・デ・メスキータに対しても笑顔で「でもデータも大事だ」と答えていた。また、ロバート・パウエルは「博士論文を終えて、ミシガンで研究をする機会があったが、そのとき、周囲の人は、ケネス・ウォルツの弟子のお前が行ってもシンガーは相手にしてくれるはずがないと言ったものだった。実際はそんなことは全くなく、シンガーはどんな人に対しても、その人がどういう研究をしたいのかに関心を示し、自分に対しても非常にいい研究環境を提供してくれた」と発言した。シンガーがいかに偉大な研究者であるかがよくわかるラウンドテーブルであった。

 科学的な戦争研究は日本の国際政治学には欠落している分野であると思う。こうした現状を少しでも改善する努力を私達はこれからしていかなければならない。このウエブサイトを通じて COW データに多くの人がふれ、国際政治における戦争と平和の問題を科学的、実証的にやってみようと思う人が一人でも増えれば幸いである。

解説: 上智大学外国語学部国際関係副専攻 教授 樋渡由美


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