ネヴィル・シュート「渚にて」
Nevil Shute "On the Beach"
N.Shute (1899-1963)
は現代イギリスの作家。もとオクスフォード大学卒の航空技術者。ヒューマニズムにあふれる多くの作品を著したが、核の時代における人類の平和の問題を鋭く提起したこの『渚にて』はその第
19 作。多くの出版社から 350
万部以上も売れるベストセラーになり、内外に大きな反響をよんだ。日本では昭和
32
年に『文芸春秋』が紹介、ついで同社、東京創元社から訳が出された。 映画化もされグレゴリー・ペック、エヴァ・ガードナーが出演、日本でも公開されたが、むしろ Love Story の要素を強くした哀愁に満ちたテーマ音楽の方が当時話題になった。 |
第3次大戦が勃発した。ソ連と北太西洋条約諸国の交戦はひきつづいてソ中戦争へと発展し、4千7百個以上の水爆とコバルト爆弾が炸裂した。戦争は短期間に終結した。しかし濃密な放射能が北半球をおおい、それに汚染された諸国は、つぎつぎに死滅していった。その頃、かろうじて生き残ったアメリカの原子力潜水艦スコーピオン号は、放射能帯を避けてメルボルンに避難してきた。オーストラリアはまだ無事だった。しかし、おそるべき放射能は刻々と南下し、人類最後の日が迫っていた。フィクションの域を超えて読者に迫真の感動を与える名編!
このいやはての集いの場所に
われら ともどもに手さぐりつ
言葉もなくて
この潮満つる渚につどう・・・・・
かくて世の終わり来たりぬ
かくて世の終わり来たりぬ
かくて世の終わり来たりぬ
地軸くずれるとどろきもなく ただひそやかに
T・S・エリオット
In this last of meeting places
We grope together
And avoid speech
Gathered on this beach of the tumid river・・・
This is the way the world ends
This is the way the world ends
This is the way the world ends
Not with a bang but a whimper.
T. S. Eliot
□ メアリーは夫を見上げた。「なんのこと?」
「あの放射能病のことだがね。きみも知っておかねばならぬことが二、三ある。」
メアリーはじれったそうに云った。「おお、そんなこと。九月までは、なんてことも
ないのでしょ。わたし、そんな話はききたくないわ」
「しかし、話し合っておかねばならんと思うよ」
□ ピーターは、ちょっと考えていた。「ぼくたちは、いずれ、いつかは死ぬのだ」と、
やがていった。「こんなにして死ぬのが、ほかの死に方よりはるかに悪いかどうか、
ぼくにはよくわからない。あれにやられるとまず、病気になる。最初は気分がすぐれず、
そのうちに、本当に病気になってしまう。その病気が目に見えてだんだんと重くなる―
とめることはできない。そのうちに下痢がはじまる。それもだんだん、ひどくなる
ばかりだ。そのうち、もしかすると、少し軽快になることがあるかもしれないが、やがて
また、ぶり返してくる。そして、衰弱しきったあげくのはて―死んでしまう」
□ 「ピーター。ジェニファーはどうなの」と、やがてメアリーはたずねた。
ピーターは立ち上がって、赤ん坊のそばに行き、のぞきこんで、また引き返してきた。
「今は、おとなしくしている」といった。「だいたい、同じ容態だと思うよ」
「あなたはどうなの」
「辛い」ピーターは屈みこんで、メアリーの手をとった。そして、「きみのほうが、ぼくより悪いようだ」といった。メアリーに知らせておかねばならなかった。「ぼくは、きみよりいちんちぐらいおくれるかもしれない。いちんち以上ということはないと思うけれど。
たぶん、ぼくのほうがからだが丈夫なせいだろう」
メアリーは大儀そうにうなずいた。「わたしたち、望みは全然ないのでしょ。誰にも」といった。ピーターはかぶりを振った。「誰ひとりとして、これはのがれられないんだよ」
"How are you ,yourself ?"she asked.
"Awful,"he said. He stooped by her, and took her hand. "I think you're worse than
I am,"he told her, for she must know that . "I think I may be a day or so behind
you, but not more. Perhaps that's because I am physically stronger."
She nodded slowly. Then she said, "There's no hope at all, is there ? For any of us ?"
He shook his head. "Nobody gets over this one, dear.
□ そして、瓶のコルク栓を抜いた。十時十分だった。モイラは、熱をこめていった。「ドワイト、もし、 あなたが先だったら、わたしを待っていてちょうだい」
そして、大きな車のハンドルを前にして、すわったまま、錠剤を口に入れ、ひと口のブランデーといっしょに飲みおろした。(完)
She took the cork out of the bottle. It was ten past ten. She said earnestly, "Dwight, if you're on your way already, wait for me."
Then she put the tablets in her mouth and swallowed them down with a mouthful of brandy, sitting behind the wheel of her big car.