ベッカリーア『犯罪と刑罰』

どうして人は真理に目ざめるのがこうおそいのか.

法律は「最大多数の最大幸福」という目的を意識すべき.

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 第3章概説へ


 社会の利益はそのすべての成員に平等にわかたれなければならないはずだ。

 それなのに、じっさいの人間の杜会においては、あらゆる権力と幸福は特権的な小数者の上に、あらゆる弱さとみじめさを残る大多数の者の上に、集める傾向がつねにある。

 このような傾向は、すぐれた法律によってだけおさえることができる。だのに人間はふつう、もっとも大切なことがらを規定するほねおりをおしんで、これをいいかげんに時の解決にゆだね、あるいは最良の法律にそむくことに利益をもつような一部の人の思いのままにさせている。

 このようにして、ひさしい間、悲しむべきあやまりの海にただよい、じぶんたちの生存と自由とをあやうくしたあとでなければ、苦しみぬいてどん底まで行きづまったあとでなければ、人間は彼らをおしひしぐ害悪に対して手段を講じる決心をしない。

 こうなったときはじめて、彼らの目は、わかりきった真理に向って開くのであって、それまでは、この真理は、それじしんの単純さのために、俗人の精神−対象を分析する能力がなく、他人から与えられる印象を無批判に言葉の上でだけ受け入れるように習慣づけられた精神−にはとらえられないのである。

 歴史を開いてみよう。自由人どうしの間の自由な契約であるはずの法律というものが、じっさいはほとんどつねに小数者の欲望の道具であるか、あるいは気まぐれな一時的必要から生れた産物でしかなく、人間性の賢明な観察者−多数の人間の活動を「最大多数の最大幸福」という唯一最高の目的に導くことを知っている者−によってつくられたものではないことがわかる。

 人間関係のさまざまな組合せや変化をのろのろとつづけて行けば、やがてありあまる悪で幸福への道ができるなどと期待しない国々、賢明な法律で悪から幸福への過程をはやめようとする国々、そんな国々がもしあるならそれはなんと幸福な国々だろう。だから人目にかくれ、うちすてられた書斎のすみから、実をむすぶまでに永い時間がかかる有用な真理の種を民衆のあいだにまく勇気のあった哲学者−人類はどれほど彼に感謝しても、したりたということはないだろう。

 印刷術の発明のおかげでいたるところにひろまった哲学的真理は、君主とその臣民、そしてまた臣民どうしの間をむすびつける真の関係を人々に認識させてくれた。通商は活気づき、諸国のあいだには昔の戦争よりずっと人道的で理性的な戦争−ひらけた人類にふさわしい唯一の戦争−産業戦がおこされた。

 こうしたことはわれわれの世紀の知性がもたらしたたまものだが、しかしそれはまだ、われわれの中に残っている偏見をすべておいはらってしまうにはほど遠い。ヨーロッパ全土において、重要でありながらいいかげんにあつかわれている法制部分−刑事手続の不規則さを改善しようという気持のある者、われわれの裁判所の慣習になっているざんぎゃくな刑罰に抗して立ちあがろうとする者は、ほんとうに数すくなく力弱い現状なのだ。

 いく世紀このかたつみ重ねられ、習慣となってしまっているこのあやまりの成果を自覚的な原理にもとづいてうちこわそうと意図する者、不変の真理の力をもってとどまるところを知らない権力の濫用をおさえ、権力者たちが自己の権利のように思って犯してきたあのあまりにもひんぱんな凶悪な暴力行為をやめさせようとする者はあまりにもすくない。

 とはいえ一方、ざんこくで無知な者や、恥しらずの金持たちのぎせいとなった弱者のいたましいすすりなき、証拠もない、あるいは仮想的な犯罪を口実として、らんぼうにも無制限におこなわれるおそろしいせめ苦、不確実な罪をうたがわれた不幸な者に対するざんこくをきわめた科刑によって一そう深まっていく牢獄の惨状−すべてのこうしたいまわしいならわしは「人間精神の諸潮流を指導する任にある裁判官」の注意をよびおこさないわけにいかなくなっているようだ。

 不滅の評定官モンテスキュウもこの重要なことがらについてかけあしでふれているにすぎない。この偉大な人の足あとを私がたどることになるのだが、それはまったく真理はただ一つであり、この地上のいたるところで同一であるからだ。とはいっても、考えることのできる人々−私はこういう人々にむかってこれを書いているのだが−であるなら、私の歩みと彼の歩みに相異があることに気づかれるだろう。そしてもし、私も彼と同じように世にかくれたおだやかな理性愛好者であるあなたがたから、ひそかに認めていただけたら、そして、感受性にとむ精神が人道のよう護者の呼びかけにこたえるあのやさしいせんりつ[旋律−メロディー]を、ときとしてこれを読むあなた方の心にひきおこすことができたら、私は何と幸なことだろう。

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