幸福
こんにちは。チルチルさん。
チルチル
この子もぼくを知ってる。(「光」に)どこでもぼくの名が知られてるようですね。きみはだれ?
幸福
ぼくを知らないって?じゃここにいるもののうち、だれのことも知らないっていうの?
チルチル
(困って)ええ、だって、ぼく知らないんです。きみたちに会った覚えがないんだもの。
幸福
ねえ、みんな聞いたかい?きっとそうだと思ったが、ぼくたちに一度も会ったことがないんだってさ。(ほかの「幸福」たちもどっと笑いくずれる)だけどチルチルさん。あなたはぼくたちよりほかにだれも知らないはずですよ。ぼくたちはいつだってあなたのまわりにいるんですよ。そして、あなたといっしょに食べたり、飲んだり、目をさましたり、息をしたりして暮してるんですよ。
チルチル
ああ、ああ、そうか、わかったよ。思い出したよ。だけど、ぼく、きみたちの名前が知りたいんだよ。
幸福
ほんとになにも御存じないんですね。ぼくは「あなたのおうちの幸福」ですよ。ほかのものたちもみんな、あなたのおうちに住んでる「幸福」ですよ。
チルチル
ぼくのうちにも「幸福」がいるの?(「幸福」たちはまた笑い出す)
幸福
みんな聞いたろう。この人のうちにも「幸福」がいるかだってさ。小さなおばかさん。あなたのおうちは、戸や窓が破れるほど「幸福」でいっぱいじゃありませんか。ぼくたちは笑ったり、歌ったりしてるんですよ。壁がふくらみ、屋根が持ち上がるほどたくさんの喜びをこしらえてるんですよ。でも、いくらやっても、あなたは見もしなければ、聞きもしないんですからね。これからはもう少しおりこうさんになってくださいよ。そろそろ、ぼくたちの中の有名なものと握手してくださいよ。そうすれば、おうちへ帰ってからも、かんたんにぼくたちを見つけられるでしょうから。そうすれば、やがて一日のよい日の終りに、ぼくたちにほほえみかけてはげましてくれたり、やさしい言葉で感謝したりもできるようになるでしょう。なぜってぼくたちは、あなたがやすらかな楽しい生活を送れるように、ほんとにできるかぎりのことをしてるんですから。
まず、始めにぼく自身を御紹介します。ぼくはあなたに仕える「健康である幸福」です。ぼくは一番美しいというものではないけれど、一番大事なものです。これからはもうわたしがわかるでしょうね?これは「清い空気の幸福」で、ほとんど透き通ってます。それからこれが「両親を愛する幸福」です。灰色の着物を着て、いつも少し悲しそうです。というのは、だれもこれを見てやらないからなんですよ。これは「青空の幸福」で、もちろん青い色の着物を着てます。次は「森の幸福」で、これももちろんのこと緑色の着物を着てます。窓のところへ行けば、いつでもこれは見られるでしょう。それからこれは「昼間の幸福」で、ダイヤモンドのような色をしていますし、「春の幸福」はきらきらとしたエメラルド色をしています。
チルチル
きみたち、いつでもそんなにきれいなの?
幸福
ええ、そうなんですよ。みんなが目をあけて見さえすれば、どこのうちだって毎日日曜日みたいなものですよ。そして、夕方になれば、ここに「夕日の幸福」がいます。これは、この世のどの王様にもおとらず立派で、お供には大昔の神々のように金色をした「星の光り出すのを見る幸福」を連れています。それから、お天気が悪くなれば、ここに真珠をいっぱいつけた「雨の日の幸福」がいます。「冬の火の幸福」は、こごえた手に美しい紫色のマントを開いてやります。ああ、それからぼくたちの中で一番すばらしいのをまだ紹介してませんけど、それはあなたがこれからお会いになる、明るい「大きな喜び」のきょうだいみたいなもので、「無邪気な考えの幸福」というのです。それはわたしたちの中で一番朗らかなんです。それから次は、まだまだいるんですが、−だけどじっさいたくさんいますねえ。もうよしましょう。それに、まず「大きな喜び」を呼びにやらなければなりません。あの人たちはこの奥の上の方の、天国の入り口のそばにいるんですが、あなたたちのきたことをまだ知らないでいるんです。一番すばしっこい「露の中を素足で駆ける幸福」をやって、急がせましょう。(とんぼがえりをしながら近づいてくる「露の中を素足で駆ける幸福」に)さあ、早く行ってきて。
(このとき、黒い肉じゅばんを着たいたずら小僧があっちこっちにぶつかったり、わけのわからないことを叫んだりしながら、チルチルの方に近づいてくる。そして彼の鼻を指ではじきながら気違いのようにはね回ったり、手で頭をたたいたり、せわしなく足でけったりする)
チルチル
(びっくりしてしまい、すっかりおこって)この乱暴なやつ、いったいなんですか?
幸福
やあ、あれは不幸の洞穴(ほらあな)から逃げ出してきた「はしゃぎきった幸福」ですよ。だれもあれをとじ込めておくことはできないんです。どこでもすぐにとび出してしまうんですからね。「不幸」たちも、もうあれの番をするのはいやだっていうんです。
(いたずら小僧は防ぎきれないでいるチルチルをさんざん悩ましたあげく、きたときと同じように、突然理由もなく大笑いしながら出て行ってしまう)
チルチル
あいつどうしたんだろう?少し頭がおかしいのかしら?
光
さあねえ、ききわけのない時のあなたも、たぶんあんな風ではないかしら。でも、待ってる間に青い鳥のゆくえを聞いてみたらいいでしょう。あなたのうちの幸福のかしらなら、それを知ってるかもしれないから。
チルチル
ねえ、どこにいるか知ってる?
幸福
青い鳥がどこにいるか知らないんだってさ。
(すべての「家の中の幸福」たちはどっと笑いだす)
チルチル
(じれったくなって)だって、ぼく、知らないんだもの。笑わなくってもいいじゃないか。
(また、どっと笑う)
幸福
まあ、おこりなさんな。ねえ、みんなまじめになろうよ。この人は知らないんだよ。仕方がないじゃないか。たいていの人間たちと同じようなんだ。やあ、「露の中を素足で駆ける幸福」が「大きな喜び」たちに知らせたんだな。みんなこっちへやってくる。
・下線部引用者