チルチル
なんてきれいな人たちでしょう。あの人たちどうして笑わないの?幸福じゃないの?
光
人が一番幸福なのは、笑ってるときじゃないのよ。
チルチル
あの人たちはだれなの?
幸福
「大きな喜び」たちですよ。
チルチル
あの人たちの名前知ってる?
幸福
もちろん知ってますとも。ぼくたち、ときどきあの人たちといっしょに遊ぶんですからね。まず一番前にいるのが「正義である喜び」です。あの人は不正が改められるたびににっこりするんです。−でも、ぼくはまだ若いから笑うのを見たことがないけれど。その後にいるのが「善良である喜び」で、一番幸福なんですが、また一番悲しそうです。あの人は「不幸」のところへ行って慰めてやるのが好きなんですが、それをやめさせるのが一苦労なんですよ。右の方にいるのが「仕事を仕上げた喜び」で、そのとなりが「ものを考える喜び」です。その次が「もののわかる喜び」なんですが、あの人はいつでも、弟の「もののわからない幸福」をさがしてるんです。
チルチル
でも、ぼく、その弟さんに会ったよ。あの人は「ふとりかえった幸福」たちといっしょに「不幸」のうちへ逃げて行ってしまったよ。
幸福
ありそうなことですよ。あれは悪くなったのです。悪い仲間とつきあって、堕落してしまったのです。だけど、あのおねえさんの方にそれをいってはいけませんよ。弟をさがしに行きたがるでしょうから。そうすると、ぼくたちは一番美しいものの一つを失うことになりますからね。それからまた、ここに「大きな喜び」たちの中の「美しいものを見る喜び」がいます。あの人は、ぼくたちを照らしている光の中に、毎日少しずつ別な光線をつけ加えているのです。
チルチル
それから、あの遠くの方に、つま先で立ってやっと見えるぐらいのところに金色の雲に包まれている人は?
幸福
あれは「ものを愛する喜び」ですよ。でも、どうやったってあなたはあれをもっとよく見ることはできないでしょう。あれの全体を見るにはあなたはまだ小さすぎるんです。
チルチル
それから、むこうの奥の方にヴェールをかぶってさっぱり近づいてこようとしない人たちは?
幸福
あれは人間がまだ知らない「喜び」たちですよ。
チルチル
ほかの人たちなにをしようっていうの?どうしてむこうの方に離れているの?
幸福
今やってこようとしている新しい「喜び」を迎えるためですよ。それは、たぶんこの中で一番純粋な「喜び」なんです。
チルチル
それはだれなの?
幸福
あなたはまだあの人を見知らないの?だけどよく見てるはずですよ。目を魂の奥底まで開いてよくごらんなさい。やあ、あの人があなたを見たよ。見たよ。そして手をひろげて走ってくるよ。あれはあなたのお母さんの「喜び」ですよ。「くらべもののない母の愛の喜び」ですよ。
(ほかの「喜び」たちは、あちこちから駆けよってきて、「母の愛の喜び」を拍手して迎え、黙ったまま離れて立っている)
母の愛
チルチルや、ミチルや、まあまあ、お前たちここにいたの。思いもかけなかったよ。わたしはきょう、うちにひとりぼっちでいたんだよ。それなのにお前たちふたりは、すべての母親の魂が喜びに輝く天国まで上ってきていたのね。だけど、まあキスしてちょうだい。たくさんキスしてちょうだい。ふたりとも抱いてあげよう。これ以上の幸福は世界中どこにもないんだよ。チルチルや、お前笑わないのかい?ミチルもうれしくないの?お前たちにはかあさんの愛がわからないんだね?でも、ほらわたしをよくごらん。かあさんの目じゃないか?くちびるじゃないか?腕じゃないか?
チルチル
うん、ぼく知ってるよ。だけどよくわからないんだ。あなたはかあさんによく似てるけど、でもずっときれいなんだもの。
母の愛
そりゃそうですよ。わたしは年をとらないんだからね。そして日ごとに、わたしは新しい力を持ち、若くなり、幸福になるんだよ。お前たちが笑うたびに、わたしは一年若くなるのだよ。うちでは見えないけれど、ここでは全部見えるんだよ。そしてそれがほんとの姿なんだよ。
チルチル
(感嘆して、「母の愛」を見つめたり、キスしたり、かわるがわるしながら)それからこのきれいな着物は、これはなんでできてるの?絹なの?銀なの?真珠なの?
母の愛
いいえ、これはキスとやさしいまなざしと愛撫でできてるんだよ。お前がキスしてくれるたびに月や日の光をますんだよ。
チルチル
おもしろいんだなあ。ぼく、かあさんがそんなにお金持だとは思わなかった。今までそれどこに隠していたの?とうさんがかぎをかけておくあの戸棚の中?
母の愛
いいえ、わたしはいつだってこれを着ているんだよ。だけどだれにも見えないだけなのさ。人間は目を閉じているとなにも見えないんだからね。母親はだれでも、子供を愛するときはお金持なんだよ。 母親の中には、貧乏人もみにくいものも年よりもいないんだよ。 母親の愛は、いつだって一番美しい喜びなんだよ。それが悲しそうに見えるときでも、たった一つキスをしてもらったり、してやったりするだけで、それでもうかあさんの涙は目の奥で星になってしまうんだよ。
・下線部引用者