リチャード・バック『かもめのジョナサン』

教える者は優しく、また人を愛する者でなくてはならない.

目に見えるものにはすべて限りがある.

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 第3章概説へ


Part Two

「ジョナサンよ」と彼は言った。それが彼の最後の言葉だった。

「もっと他人を愛することを学ぶことだ。よいか」

 彼らがふたたび目が見えるようになった時、もうチャンはいなくなっていた。

 日がたつにつれ、ジョナサンは自分がときどき、おきざりにしてきた地上のことを思い返していることがあるのに気がついた。もしも彼がここで知りえたことの十分の一、いや百分の一でも、むこうにいるときに知っていたとしたなら、あちらの生活はどれほど豊かなものになっていたことだろう!彼は砂浜に立ち、物思いにふけりだした。むこうにも、自分の限界を突破しようと苦闘しているカモメがいるのではなかろうか。飛行を、小舟からでるパンの耳を手にいれるための移動手段としてのみ考えるのではなく、飛ぶことの本当の意義を知ろうと苦闘しているような、そんなカモメがいるのではなかろうか。もしかすると、群れの前で自分が知った真実を語ったために追放されたカモメだっているのかもしれぬ。

 優しさについて学べば学ぶほど、また、愛の意味を知ろうとつとめればつとめるほど、ジョナサンは、一層、地上ヘ帰りたいという思いに駆られた。それというのも、ジョナサンは、これまで孤独な生き方をしてきたにもかかわらず、生れながらにして教師たるべく運命づけられていたからだし、また、独力で真実を発見しようとチャンスをさがしているカモメに対して、すでに自分が見いだした真実の何分の一かでもわかち与えるということこそ、自分の愛を証明する彼なりのやり方のように思えたからである。

Part Three

 一瞬のうちにジョナサンの体は空に浮び、かすかに光りはじめ、次第にすきとおっていった。

「彼らにわたしのことで馬鹿げた噂をひろげたり、わたしを神様にまつりあげたりさせんでくれよ。いいかい、フレッチ?わたしはカモメなんだ。わたしはただ飛ぶのが好きなんだ。たぶん……」

ジョナサン!

「わかったな、フレッチ。きみの目が教えてくれることを信じてはいかんぞ。目に見えるものには、みんな限りがある。きみの心の目で見るのだ。すでに自分が知っているものを探すのだ。そうすればいかに飛ぶかが発見できるだろう」

 またたく光がやんだ。そしてジョナサンはたちまち虚空に消えさった。

 しばらくして、フレッチャーは、重い心でようやく空に舞いあがり、最初の授業を待ち望んでいる、新入生の印をつけた生徒たちのグループと向いあった。

「まずはじめに−」彼は重々しく言った。

「カモメとは、自由という無限の思想であり、また<偉大なカモメ>のいわば化身であって、体全体が翼の端から端まで、きみらがそれと考えるもの以外の何ものでもないことを理解しなければならん」

 若いカモメたちは、呆れたように彼を眺めた。おやおや、どうやらこいつは宙返りの法
則とはちょいと違うようだぜ、と、彼らは思った。

 フレッチャーはため息をつき、もう一度くり返した。

「ふむ。いや……まあ、よろしい」

 彼はそう言うと、彼らの能力を推し量るような目つきで生徒たちを眺めた。

「では水平飛行から始めるとしよう」

 そう言ったとき、彼は即座にあの友が、今の自分と同じように、まさしく聖者なんぞではなかったことを悟ったのだった。

 無限なんですね、ジョナサン?彼は心の中でつぶやいた。そうか、それならぼくがいつかすっとそっちの側の海岸(*)に姿を現わし、何か目新しい飛び方でも披露できるようになるのも、そう遠い日ではありませんね!

 フレッチャーは自分の生徒たちに、厳しい教師と見られるように振舞おうと努めたが、しかし彼は突然、ほんの一瞬にしろ、生徒たち全員の本来の姿を見たのだ。そして彼は自分が見抜いた真の彼らの姿に、好意どころか、愛さえおぼえたのだった。無限なんですね、ジョナサン、そうでしょう?彼は思った。そして微笑した。完全なるものへの彼の歩みは、すでにはじまっていたのだった。

・ Part Two、Threeのいずれも一部(新潮社版)
・ 「そっち側の岸」:彼岸(ひがん).この世を超えた理想の地をさし、こっち側の岸(此岸、しがん)の反対語.以上、引用者解説