ニーチェ『悲劇の誕生』

生を肯定するために反道徳的となる.

キリスト教はもう一つの生のために生を否定.

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 第3章概説へ


 おそらくこの芸術家形而上学において、はじめて、『善悪の彼岸(ひがん)』(ニーチェ1885)にある厭世主義が名乗りあげることになる。ここにおいて、はじめて、あの「信念の逆倒」が言葉となり、方式となる。ショーペンハウアーがあらかじめ怒りにみちた罵言(ばげん)と怒声と倦(う)むことなくあびせかけていたものが、ここで言葉となり、方式となったのだ。−すなわち、道徳そのものを敢然として現象の世界に繰り入れる哲学、いいかえれば、道徳そのものを貶(おとし)める哲学が、それである。しかも、道徳を(観念論的な術語の意味における)「現象」のなかに繰り入れるばかりではなく、道徳を仮象、妄想(もうそう)、誤謬(ごびゅう)、解釈、粉飾、術策として「錯覚」のなかにかぞえ入れる哲学である。

 この反道徳的な傾向の深さは、おそらく、本書が終始一貫キリスト教に対してとった態度、すなわち用心ぶかい、敵意をこめた沈黙から、もっとも適切にうかがい知ることができよう。−キリスト教とは、道徳的主題の図式化という点では、人類がこれまで傾聴することをえたなかで、もっとも放埓(ほうらつ)をきわめた図式化であった。実際、本書で説かれているような純粋に美的た世界解釈、世界是認に対立するものとしては、キリスト教の教義よりも大なるものはない。キリスト教の教義は、たかだか道徳的であるにすぎず、またそうあろうと欲しているにすぎず、そしてその絶対的な規準、たとえば神の真実性という規準それだけで、はやくも芸術を、どんな芸術をも、虚構の国へと追放する!−すなわち、芸術を否定し、弾劾(だんがい)し、断罪するのである。

 ともあれ、純粋であるかぎりは、かならず芸術にたいし敵対的にならざるをえないといった、このような種類の思考法、価値観というものの背後に、私はつねづね、生に敵対的なもの、生そのものにたいする復讐心に燃えた、憤懣(ふんまん)やるかたなき嫌悪感がひそんでいることを嗅(か)ぎつけていた。なぜならば、いっさいの生は仮象、術策、錯覚、光学にもとづくからである。いっさいの生は、近法と誤謬の必然性にもとづくからである。キリスト教は、そもそもの初めから、本質的にまた根本的に、生にたいする生の嫌悪であった。生にたいする生の不快感であった。言い換えれば、この嫌悪感、不快感がもうひとつ「別の」生、「より良き」生への信仰という名のもとに自己仮装し、自己隠蔽し、自己装飾をほどこしたにすぎない。「現世」への憎悪(ぞうお)、情念にたいする呪詛(じゅそ)、美と官能からの逃避、此岸(しがん)をいっそう誹謗(ひぼう)するための彼岸の発明、つまるところは無へ、終末へ、安息へ、はては「安息日のなかの安息日」へ至ろうとする欲求−これらすべてが、道徳的な諸価値のみを認めようとするキリスト教の絶対的意志と同様に、私にはつねに、「没落への意志」のあらゆる可能な形式のなかでもっとも危険な形式、もっとも不気味な形式であるように思われたのだ。すくなくとも、生のもっとも深い病患、疲労、不満、消耗、貧困のしるしのように思われた。☆

 なぜなら、道徳(ことにキリスト教的道徳、すなわち絶対的道徳)を前にしたとき、生は本質的に非道徳的ななにものかであるがゆえに、いついかなる場合にも、不可避的に、生は不当な扱いをうけなければならないからである。−しまいには、生は、侮蔑(ぶべつ)と永遠の否定との重圧に押しつぶされて、渇望に値しないもの、それ自体価値のないものとして受け取られるようにならざるをえないからである。

 道徳それ自体は、−どうなのであろうか?道徳は「生の否定への意志」ではなかろうか?秘められた破壊本能であり、衰退の、矮小化(わいしょうか)の、誹謗の原理であり、終末の発端であるといえはしまいか?したがってまた、危険中の危険ではなかろうか?

 だからこそ、当時私の本能は、生を弁護する本能として、問題をはらんだ本書をひっさげて、道徳にはむかったのであり、さらに、道徳と根本的に対決する生の教義、生の評価を、すなわち純粋に芸術的な、反キリスト教的な教義、評価をあみ出したのであった。これを何と名づけたらよいであろう?私は文献学者として、言葉の探求者として、かなり自由に−というのは、だれがアンチクリストの正しい名前を知っていよう?−あるギリシアの神の名にちなんでこれを命名した。すなわち、私はこれを、ディオニュソス的と呼んだのであった。−

・ 下線部強調原著者
・ 段落☆引用者