実際の「囚人のジレンマ」 (2)
パーレビ国王記者会見「私はユダではない」
−湾岸戦争の遠因−
湾岸戦争のずっと前からこんな風になっていました。まさに囚人のジレンマです。
1976 年 12 月、石油輸出国機構(OPEC)は原油価格の値上げをめぐって分裂、サウジアラビアとアラブ首長国連邦が 5 %の値上げ、イランをはじめとする他の 11 カ国が 10 %の値上げという"二重価格制"をとることになった。しかし、"10 %値上げ組"の足並みはそろわず、インドネシアなどはすでに 4 %下げ、6 %の値上げに抑え、最近、イラクとベネズエラは"二重価格制"を破棄するための OPEC 総会の招集を呼びかけたほどだ。なかでも"二重価格制"の被害者はイランで、石油生産量を 35 %も落とす羽目に陥った。ナイジェリア、リビア、アルジェリアは、その産出する低硫化石油の需要が大きいため、この"二重価格戦争"の火の粉を浴びずにいるが、サウジアラビアの増産計画が市場を混乱させる危険も出てきた。
以下は Newsweek (1977.1.24)掲載のパーレビ国王(イラン国王。ホメイニの前の指導者)の記者会見の一部である。赤字は囚人のジレンマに関係する部分である。
―― 昨年 12 月の総会で原油価格の値下げをめぐって分裂が生じた結果、OPEC は崩壊の危機に瀕していると考えるか。
パーレビ国王 いや、そうは思わない。それは一部の希望的観測だと思う。石油の必要性は増加している。サウジアラビアのヤマニ石油相が、アメリカの"植民地番頭"となって、サウジアラビアの全石油をくみ出し、あなたがたに好きなだけ石油を供給したとしても、3 年か 4 年後にはやはり石油不足に直面するだろう。その時、あなた方はどうするのか。
―― サウジアラビアに裏切られたと感じるか。
パーレビ国王 サウジアラビアに関してはここでコメントしたくない。我が国の新聞がヤマニ氏を攻撃している。これが我が国の現在の態度だ。
―― サウジアラビアは石油市場におけるイランのシェア食い荒らしをねらっていると思うか。
パーレビ国王 サウジが我々を傷つけたがっているとは思わない。そうは信じない。
―― しかし、現実にサウジアラビアは自国の石油生産量を増加し、その結果、イランの輸出売上高は約 35 %低下した。
パーレビ国王 そうした状態が実際に 1 年間も続くとは思わない。もしそんなに続くなら我々の受ける打撃は大きい。だが、我々はもう一度石油を安くして、世界を救済しようなどとは思っていない。そんなことをしたら、あなたがたに新しいエネルギー源をみつけることを忘れさせてしまうからだ。
―― しかし、実際サウジアラビアの安い石油が市場にあふれ出てしまったとしたら、どうなるのか。
パーレビ国王 連中が、連中の資源を浪費したってかまわない。それは連中の勝手だ。その結果、どういうことになるか。しかし、まあ見ていたまえ。今年の最初の 1, 2 ヵ月は西側諸国に石油の備蓄があるので見通しが難しいが、3 ヵ月もたったら、事態ははっきりする。もし我々が市場から駆逐されれば全政策を再検討する。
―― というのは?
パーレビ国王 はっきりいえるのは、我々は国内のことだけに目を向けるということだ。世界における約束ごとや責任などはすべて忘れ、国内のことだけを考える。
―― つまり、外国援助もやめ、そのほかにも何か?
パーレビ国王 そこまでいうのは少し早すぎる。
―― 10 %の原油価格値上に賛成した OPEC 諸国 11 カ国の中にはすでに値下げしたり、ひそかに値引き交渉をしようとしている動きもあるようだ。イランの場合はどうか。
パーレビ国王 私は"11 カ国のユダ"と呼ばれたくはない。もし 11 カ国の中にユダがいるのなら、みずから名乗りださせる。[ユダはイエスを売った、弟子の一人]
―― 原油価格を中東和平交渉の進展と結びつけようとする、サウジアラビアの働きかけについてどう考えるか。見込みはあるか。
パーレビ国王 見込みがあるなどという問題じゃない。アメリカは、はっきりと何の効果もないだろうといっているじゃないか。
―― ヤマニ石油相が 10 %値上に反対した理由の一つは、10 %も値上げすれば、いくつかの西欧諸国の力を弱め、共産党政権が誕生しかねないというものだった。この見解についてはどう考えるか。
パーレビ国王 ただ笑っているだけだ。
―― 共産党政権の可能性にういて真剣に受け止めていないのか。
パーレビ国王 その可能性は非常にある。しかし、ヤマニ石油相が 10 %でなく 5 %しか値上げしなかったら避けられるというものではない。
――しかし、石油価格の値上げが、西側諸国の経済を破たんさせる一定の線というものがあるのではないか。
パーレビ国王 それは正しくない。あなたがたの社会がうまく機能していないだけだ。政府がしっかりしておらず、指導力もないからだ。わたしはアメリカのことをいっているのではない。ヨーロッパについて語っているのだ。
―― 未だに原油価格を他の商品価格と結びつける考えをもっているのか?
パーレビ国王 それ以上の解決策が見出せない限り、今でもその考え方だ。しかし、OPEC はその処方箋を見出し、西側諸国がそれを受け入れるだろうか。わたしはそうは思わない。
―― もし先進工業国と産油国が双方の相違点をめぐって妥協できないとしたら、何が起るのか。
パーレビ国王 あなたがたのような豊かな国民はますます金持ちになり、貧しい国民はますます貧しくなる。つまり世界は爆発してしまう。
―― 戦争が起こるということか。
パーレビ国王 まさにその通りだ。
―― いつ?
パーレビ国王 今世紀の変わり目までには、間違いなく。
―― とすると、イランはどちら側につくのか。
パーレビ国王 それは状況による。あなた方が我々を突き放さない限りは。
―― あなたがいう"責任感をもつ"というのはどういう意味か。
パーレビ国王 あなた方はパンを食べ、ハンバーガーを食べている上に、2 台目、3 台目の車までも安い燃料で満タンにしている。世界には多くの文盲、貧乏人、食べていけない人間がいることを考えないのか。もし、あなた方が、たかい価格で製品を売り続けるならば、どのようにして彼らは国を発展させればいいのか。
―― しかし、第三世界にしても原油価格の値上げで苦しむことにはならないのか。
パーレビ国王 彼らが一体、どれほど石油を消費しているというのかね。6 億 9000 万の人口をかかえるインドの消費量は、1300 万人のオランダより、ずっと少ないのだ。
今の話:そういうわけで、「サウジアラビア、クウェート」対「イラン、イラク」という「裏切り」対「憎しみ」の構図ができあがっていた。これが国王も予言した湾岸戦争の遠因である。
『ゲームとしての社会戦略:計量社会科学で何がわかるか』第2章