レピュテーション(信認、評判)

Reputation


 「レピュテーション」はふつう良いことに対して用いられが、理論的には事実の蓄積によってある評価が確立すること、という意味である。何についてであるにせよ、「さすが…・だ」とか「……のことだから…・・だろう」いう評価がレピュテーションである。「あの人のことだから、一度言い出したら絶対引かないだろう」というのは、タフ(toughness)のレピュテーションである。
 また、ある国の中央銀行が自国通貨売りにあくまで買い向かうという決意が外部から真実その通りに解釈されれば、その通貨は大きくは売り込まれない。このときには、レピュテーションは、その通貨当局の「信認」と訳される。


レモン市場 Market for lemmons

 最もよく知られるゲームのひとつ「囚人のジレンマ」prisoner’s dilemma のゲームを、全く同じ次のアカロフの「レモン・マーケット」Market for Lemons で考えよう。‘レモン’とは欠陥品の俗称であり、本当のレモンではない。ここでは「正直」のレピュテーション Reputation for Honesty が重要な役割を演ずる。

 ボロ市であなたは(軽)自動車を何台も売っている。私はまだ使えるパソコンを何台も持ち込んだ。私は車のメカについては素人だし、あなたはパソコンのハードについては素人である。さて、車のうちの何台かには問題があり、またパソコンの何台かにも寿命が来つつある。簡単のため物々交換(バーター取引)とする。想定した状況は‘セコハン’市場の発達したアメリカでは十分に現実的である。これを表にすると次のようになる。3, 2, 1, 0 は以前と同じく効用である。

 

  あなた
良品(車) レモン
良品(パソコン) (2,2) (0,3)
レモン (3,0) (1,1)

 

 一番の得(損)は良品とレモンの交換で、3 及び 0 、良品どうしの交換はほどほどに良く 2 とし、レモンどうしは 1 とする。数字の配列からチキン・ゲームとは別のものである。さて、あなたが良品(車)を出すなら、私は表の 2、3 の比較からレモンを出す。あなたがレモンを出すなら、0、1 の比較からやはりレモンを出す。いずれにせよ私は常にレモンを出す。あなたの結論も同じでレモンを出す。かくして、市場ではレモンしか取引されず良品は市場から淘汰される。これを逆淘汰 adverse selection という。「囚人のジレンマ」タイプの問題は常にいやらしく(notorious)やっかいなものである。

 ここでは視点を変えよう。私は良品を‘中間マージン’を抜かれることを知りつつなぜ直接売買でなくディーラーに持ち込むのか。これは一種の難問である。そこで、レモン・マーケットを私(顧客)とあなた(ディーラー)のゲームと考えなおしてみよう。

 

  ディーラー
誠実 欺し
良品 (2,2) (0,3)
レモン (3,0) (1,1)

 

 欺しとは欠陥を隠し、メーターをまき戻すなどの不法な行為を示す。ここで、ディーラーは業としてこのゲームを何回も繰り返し行い「誠実」な戦略をとっているという名声、評判、信認(レピュテーション reputation)がこの繰り返しにより確立していたとしよう。私は 2、3 の比較からレモンを持ち込むことは得策だろうか。私だけならばいいだろう。しかし、0 になったディーラーはこれを挽回する(1 となる)ために欺し戦略にスイッチせざるを得まい。ゲームは繰り返されているので(私の)次の顧客は 0、1 の比較から決して良品を出さない。それを見越して、そうならぬよう、良品を出すのが顧客どうしの今後のためにも得策となるのである。

 このようにして人々の期待 expectation が交錯するところに秩序(ここでは市場)が生じる。ここで展開したロジックは「レピュテーション」をその基礎とするが、それは繰り返しによって期待を生みだしながら形つくられるから、一皮むけばその本質は「時間」である。一般に繰り返しゲームは「スーパー・ゲーム」supergame といわれ、最近のゲーム理論の中心テーマとなっている。