デリバティブの理論と応用

リスクとリスク管理

ファイナンス工学の基礎


デリバティブ(derivative)とは何か

 本来、英語でデライブ(derive)とは動詞で
   ― A(もと)から A' を作り出す、導き出す、派生する −
ことを意味し、この A' は derivative(派生物、導來物、誘導物)などといわれる(*)。「バリエーション」といってもよいが、バリエーションは差異程度の違いだが、derivative には材料 A をもとに作り出された一応は別箇の結果物 A' のイメージがある。いわば、板と机・家具の関係だろうか。

 この分野でも、正確にいえば、「デリバティブ」といわれるのは「派生証券」「導來証券」の英略語であって、A に相当するのは株式(価格)、債券(価格)などの典型的な有価証券、金利、外国為替相場、商品相場、資産価格、何らかの総合指数(インデックス index)などであり、一般に「原証券」「原資産」「原変数」などと呼ばれ、A' に相当するのは A の取引についてのいろいろな有利な契約(約束)のセットで、契約の実行(履行)の諸条件、期日などにつき種々千差万別な「魅力」をつけたものである。代表的なものとして、前渡(フォワード)契約、先物(フューチャー)契約、オプション(契約)、金利スワップ(固定・変動金利の交換)があげられる。詳しくは下記参照。

(*) 数学では f(x) に対しその微分 f '(x) を「導関数」(古くは導來関数)といい、英語では同じく derivative といっている。有機化学では、物質 A から合成・分解などの化学反応によりもたらされた物質 A' を A の「誘導体」というが、これも英語 derivative の和訳である。

ファイナンス工学 financial engineering とは? その心がまえ

 狭い意味では、デリバティブの理論と応用、その実務のための数理を含む意思決定理論の体系で、重要な内容としてブラック・ショールズ・マートンのオプション価格付け公式、あるいはハリソン・プリスカ・クレプスの無裁定原理などを含む。また、広い意味では、それに至るマルコビッツのポートフォリオ選択理論、シャープの資産価格評価理論などの実証的方法を入れてもよい。これらの理論と応用は、数理統計学および確率論の応用(ことにブラウン運動などマルチンゲールを中心とした確率過程の議論)を含む数理--ファイナンス数理--を基礎とするが、投資リスクの管理が企業会計、関連法令体系へのコンプライアンスなどの制度にかかわるなど、実践的・合目的的な発想をも必要とする。それでもこれを「工学」engineering と呼ぶのはいささか違和感もあるが、工学を広く制度の管理も含むと解すれば、そうよぶことにさまたげはない。

 実践をめざしてはいるが、それ自体は相当高度の確率論の体系である。この点で一部経済学あるいは伝統的工学からの偏見には理由がないが、同時に、これを学ぶにはかなりの基礎知識が必要であり、これなしの「ファイナンス工学」であれば、それこそ経済学あるいは工学者がいうごとく、ファッションないしバブルに終わるであろう。しかし、たぶんそうはならない。なぜなら、「ファイナンス工学」で用いられる重要な数学的方法、たとえば確率微分方程式が、物理学者や生物学者(遺伝学への応用)だけでなく、社会科学へ用いられたことなどは、すでに経済学者あるいは工学者はもとより多くの分野からも無視できない事実となってきているからである。

 では数学的にキチンとしていさえすればよいのだろうか。むしろそこが難題である。一般に、数学者によるこの方面の参考書・教科書は、レベルが高いというよりは、理解の範囲も目的もふつうの応用をめざす読者とはかなりずれている。たとえば、理論の理解のために簡単な確率の数値でさえ計算してみせるという習慣自体がない。確率論の世界的ロングセラーであるフェラー(W.Feller)のテキスト、カーリン(S.Karlin)の非常に優れた基礎確率過程テキストなどのような参考書が、日本語ではどうして書かれないのであろうか。初心者は極めて抽象難解な専門書を前にただとまどうばかりである。

 まず、これらの本の多くは、現代数学が(ことにわが国で)そうであるように、たとえ題名がそうであっても直接には応用をめざしていない。デリバティブが確率過程の「応用」であることは間違いないが、にもかかわらず、応用より理論上の論理がかなり徹底的に追及される。応用も、是非はとにかくも、結果としての応用だけであり、それはお構いなく冷たく読者にまかされる。その力量は初めての読者にはないから、応用をめざす読者には相当に難解に感じられる。あるいは、逆に未知の託宣の神秘主義をそこに感じる面々も生まれかねないし、実際そこにあまりにも有名な LTCM 破綻のような破天荒な金融破綻事件さえ起きたのである。

 強いていえば、これらの本はデリバティブに題材をとってはいるが、最終的な関心はあくまで理論のための理論である。デリバティブは理論上も面白いのである。数学には本来理論のための理論の面が強くある。数学史的には決してそればかりではないが、それでもその面がこの学問の際立った特色であり、とりわけ現代数学ではそうである。

 『入門確率過程』はじめには読者のためそこを意識して書かれたものである。本文に入る前に一読をお勧めしたい。

必須基礎知識のチェック項目

以下の用語を

  ・ よく知っている 3(点)
  ・ ことばくらいは知っている 2
  ・ ほとんど知らない 1
  ・ 全く聞いたことがない 0

として、自分の知識を評価してください;

  確率の定義 ( )点
  確率変数 ( )
  確率分布 ( )
  期待値と分散 ( )
  二項分布 ( )
  正規分布 ( )
  条件付確率 ( )
  独立 ( )
  相関係数 ( )
  共分散 ( )
  大数の法則 ( )
  確率過程 ( )
  マルコフ過程とマルコフ連鎖 ( )
  マルチンゲール ( )

やや高度な概念も含まれているが、計 15 点以下の場合はこれ以上発展するには考え方を基礎から学習する必要がある。

ファイナンス工学の基礎的内容

 わが国にも良書がないわけではないが、キュスバートソン-ニッチェ

『ファイナンス工学;デリバティブとリスク管理』(K.Cuthbertson & D.Nitzche, Financial Engineering: Derivative and Risk Management, John Wiley, 2001)

の目次内容を参考に、独自の内容を解説する(作成中)。

他にも John Hull(J.ハル)の良書もあるが、紹介は別の機会とする。

I. 基礎
 1. デリバティブとは何か

II. 先渡契約(Forward contract)と先物契約(Future contract)
 2. 先物市場
 3. 株価指標先物
 4. 通貨先渡と通貨先物
 5. 短期金利先物
 6. 国債先物

III. オプションとスワップ
 7. オプション市場
 8. オプション価格付け
  => ブラック・ショールズの公式
 9. ヘッジとボラティリティ
 10. オプション・スプレッドと株式オプション
 11. 外貨オプション
 12. 先物オプション
 13. ポートフォリオ保険
 14. スワップ

IV. 応用デリバティブと確率過程
 15. 金利デリバティブ
 16. 複合デリバティブ
 17. 資産価格の動学
 18. 金利デリバティブの価格付け
 19. リアル・オプション

V. リスクと規制
 20. 規制と金融機関
 21. 英米における規制制度
 22. 市場のリスク 
 23. VaR(バリュー・アット・リスク)とキャッシュ・フロー計算
 24. VaRと統計的課題


 「確率論の入門基礎」トップページへ